釣狐 玉藻前とは?

なぜ「釣狐」で玉藻前の話が語られるのか
狂言「釣狐」の物語の中で、狐を捕らえることをやめるように説き聞かせる場面において、古の玉藻前の故事が語られます。
玉藻前とは、九尾の狐が人の姿に化け、帝の命を奪おうとしたとされる伝説上の存在です。
この語りは、「狐はただの獣ではなく、神や霊とも深く結びついた存在である」という考えを示すと同時に、
人が欲や執心によって命を奪い続けることの恐ろしさを、遠い昔の出来事になぞらえて伝えています。
つまりこの場面は、
「この狐が九尾の狐である」という意味ではなく、
「かつて、狐を侮り、欲に囚われた結果、国さえも乱れた例があった」という戒めの物語なのです。
狐を釣ることをやめよ――
その言葉に重みを与えるために語られるのが、玉藻前の物語なのです。
狂言「釣狐」より
玉藻前の故事(簡易現代語訳)
そもそも狐というものは、ただの獣ではなく、神とも深く結びついた存在です。
インドではヤシオの宮、中国ではキサラギの宮、日本では稲荷五社の大神として祀られてきましたが、これらはすべて狐の姿を借りたものだといわれています。
さて、玉藻前という女御がおりました。
その美しさは比べるものがなく、どこから見ても欠けるところのない女性でした。
玉というものには裏表がないことから、その名を玉藻前と呼ばれたのです。
ある年、帝の御前で歌会と管弦の遊びが行われたとき、突然激しい風が吹き、御所の灯りがすべて消えてしまいました。
そのとき、玉藻前の身体から金色の光があふれ出て、御殿の中を明るく照らしました。
これを見た帝は、玉藻前は人ではなく、化け物ではないかと疑い、
それから「化生の前」と呼ばれるようになります。
ほどなく帝は重い病にかかります。
陰陽師・安倍泰成が占ったところ、病の原因はすべて玉藻前の仕業であり、
玉藻前の正体は、かつて中国で褒姒となり、多くの帝を滅ぼした根本の狐であることが明らかになります。
祈祷が行われますが効果はなく、狐はついに都を逃れ、下野国・那須野原へ落ちていきます。
そこで朝廷は、三浦介と上総介に命じ、犬追物によって狐を討たせました。
百日の追討の末、巨大な狐が現れ、
三浦介と上総介の矢によって射られ、ついに討ち取られます。
狐を退治したことで、帝の病はたちまち癒え、世は平和になります。
しかし狐の執念はなお残り、石となって人々を苦しめました。
この石は「殺生石」と呼ばれ、近づく生き物を次々と死なせたといいます。
やがて高僧・玄翁が現れ、その石を杖で打ち砕きます。
それでも狐の執心は完全には消えませんでした。
だからこそ――
これほど恐ろしい執心を持つ存在であるから、
これ以上、狐を釣って命を奪うことは、どうかおやめなさい。
この語りが「釣狐」で果たす役割
この玉藻前の話は、
「狐は恐ろしい存在だ」という脅しではありません。
- 欲が執心に変わること
- 知恵が命を奪う道具になってしまうこと
- 人が正しいと思って行うことが、必ずしも善とは限らないこと
――それらを、遠い昔の大きな物語を通して伝えます。

小笠原弘晃
Hiroaki Ogasawara

